日本では、太陽光発電と蓄電池を組み合わせたエネルギーシステムが、まだ当たり前ではなかった時代がある。その違和感を原点として生まれたのが、パワーエックスだ。
伊藤氏は2021年にパワーエックスを創業し、取締役 兼 代表執行役社長 CEOを務めている。創業当時、海外ではエネルギー貯蔵システムはすでに実用段階にあるように見えた一方、日本では市場そのものが未成熟であった。創業からわずか数年で、同社は国内大手の再エネ事業者へ蓄電システムを供給する企業へと成長した。2025年12月には東証グロース市場への上場も果たしている。
現在は蓄電池事業にとどまらず、「エネルギーが支える豊かな社会」というビジョンを軸に、事業領域を広げている。
伊藤氏は自身の起業家としての歩みを振り返り、日本の電力市場に対する見通しを語った。なお、本インタビューは英語で実施されたものであり、2026年5月にJapan Energy Hubに掲載された英語版を日本語にしたものである。
テーマ: エネルギー業界の”外側”から見えた違和感 | 信頼構築と企業ブランディング | 「エネルギーが支える豊かな社会」 | ハードウェアが先、ソフトウェアは後 | 蓄電池はモノではなくサービス | 日本市場で強みになる国内対応力 | 市場動向と事業性への見解 | セルより重要となる制御| データセンターは電力系統の資産となり得る
エネルギー業界の“外側”から見えた違和感
伊藤氏は2000年、高校卒業後に3Dグラフィックス技術を開発するスタートアップ「ヤッパ」を創業。「インターネット関連であれば何でも熱狂される時代だった」と当時を振り返る。
伊藤氏は、伊藤ハム創業家の出身でもあり、起業家精神は幼少期から身近なものだった。同氏の祖父母は三重県四日市市の漁師で、魚肉ソーセージを開発。それを新鮮な状態で流通させる仕組みを築いたことで事業を成長させたという。伊藤氏は、そうした技術革新が新たな価値を生む姿を幼いころから目の当たりにしてきた。
2014年には、スタートトゥデイ(現・ZOZO)がヤッパを買収。伊藤氏はその後約7年間ZOZOに在籍し、取締役やCOOも務めた。上場企業のスタートアップが急成長していく過程を経験したことは、その後の起業にも大きな影響を与えたという。
当時は、投資家の間で脱炭素などの環境施策を重視する流れが強まり、ZOZOでも再エネ導入やサステナビリティへの対応に向けた検討が進められていた。その過程で伊藤氏は、日本の電源構成や輸入燃料への依存度の高さに強い衝撃を受けたという。同時に、国内では蓄電システムがほとんど存在していないことに目を向けた。そこで伊藤氏がZOZOを離れ、創業したのがパワーエックスだった。
信頼構築と企業ブランディング
異業種から蓄電池市場への参入は、業界の根本的な部分を疑問視することができた点で強みでもあったと振り返る。
もっとも、新規参入企業がエネルギー業界で信頼を得ることは容易ではない。だからこそ、パワーエックスでは見積もりから納品、アフターサービスに至るまで、顧客体験の完成度を徹底的に重視してきた。伊藤氏は、それを「薄い信頼を一枚ずつ積み重ねる作業」と表現した。
一方で、蓄電池市場がまだ黎明期にあり、競合が限られていたことも追い風になったという。市場拡大とともに同社は経験を積み上げ、現在では国内有数の実績を持つ企業となった。伊藤氏自身も参入のタイミングに恵まれたと振り返る。
こうした「信頼を積み重ねる」という姿勢は、同社の企業ブランディングにも反映されている。同社ではロゴから製品、オフィスデザインに至るまで一貫した世界観を構築。社内にはクリエイティブディレクターを置き、自社専用フォントまで制作しているという。その背景には、「未来はワクワクするものであるべきだ」という伊藤氏自身の価値観がある。「人間が物理法則に挑戦し、驚くような新しいものを作り、生活を良くしていくことが好きなんです」と伊藤氏。技術や未来への高揚感を、製品やブランドデザインにも反映させているのだ。
「エネルギーが支える豊かな社会」
現在のパワーエックスの売上のうち、約90%を蓄電システムが占めているが、それはあくまで手段であり、目的は「エネルギーが支える豊かな社会」の実現にある。
エネルギーコストが下がれば、GDPも所得も押し上げられる。エネルギーが安い社会ほど、人々の生活は豊かになるという考えだ。
また、日本のエネルギー自給率を高めたいという思いも強い。環境負荷を抑えつつ、必要なエネルギーを十分に使い、人々がより豊かに暮らせる社会。それが伊藤氏の描く未来像だ。
同社が新規事業を検討する際には、「エネルギーの観点から、それは社会の繁栄につながるのか」「自分たちが価値を出せるのか」「そこに飛び込む価値はあるのか」という視点を重視しているという。
その問いを踏まえ、伊藤氏は現在注目している分野として「蓄電池」と「データセンター」を挙げた。さらに直流(DC)関連の研究開発も進めているという。蓄電池もデータセンターも基本的にはDCで動作するため、今後はAC-DCやDC-DC変換、DC保護技術の重要性が増していくと見ている。

(画像:貫名慶史/エネハブ)
ハードウェアが先、ソフトウェアは後
エネルギー分野におけるパワーエックスの狙いとして、伊藤氏は「世界はハードウェアが先行し、その後にソフトウェアが続くサイクルで動いている」と説明した。例えばInstagramも、カメラと画面が一体となったスマートフォンが世界中に普及したからこそ成立したサービスだ。エネルギー分野においても、ソフトウェアが価値を生むためには、その土台となるコンピューターと蓄電池をはじめとしたハードウェアが必要となる。
データセンターを例に挙げ、特に周波数調整のための高速応答における電力消費の抑制について言及した。「コンピューターのシャットダウンには10秒以上、実際には40秒ほどかかるため、ソフトウェアで対応するのは不可能だ」とその間を補助する蓄電池が必要になると説明した。そのため、少なくとも今後10年はハードウェアの時代が続くと伊藤氏はみている。
蓄電池はモノではなくサービス
パワーエックスは現在、アグリゲーションやトーリング、電力小売などにも事業領域を拡大している。これらは、本業からの転換ではなく、本業の延長線上にある事業であると認識している。お客様が求めているのは、蓄電池そのものではなく、そこから得られる価値。つまり、電力の価格差を活用して収益を得る「電力アービトラージ」や、周波数を一定に保つための調整力を提供する「一次調整力(応動時間10秒以内)」といった運用価値そのものが商品だという考え方である。
ハードウェアからソフトウェアまでを手掛ける垂直統合モデルは、実運用データの取得とお客様の使用状況を製品改善に直結できる点で、ハードウェア開発上の強みにもなる。また、こうした継続的な収益基盤の構築は、不況などで新規設備投資が減速した場合でも、安定した収益確保につながる。また、お客様との長期的な関係構築のためにも、パワーエックスはサービス事業の売上比率を年間売上の15~20%程度まで高めることを目標に掲げている。
日本市場で強みになる国内対応力
パワーエックスが手掛ける案件の約半数では、政府による補助金が活用されている。一方で、補助金申請には数ヵ月単位の時間を要するため、機会損失を避ける目的で、あえて補助金を利用せずに案件を進めるケースも少なくない。
また伊藤氏は、顧客は初期の設備投資額以上に、運用コストや稼働率を重視する傾向が強いと指摘する。パワーエックスは、国内に開発・保守体制を構築しており、機器トラブル時にも迅速な対応が可能だ。一方、海外製の蓄電システムは、比較的低価格であるものの、トラブルの際には、海外からエンジニアを呼ぶ必要があるケースも多い。現在の市場環境では、8MWh級蓄電池が1日当たり200万円程度の収益を生むケースもあり、停止期間の長期化は大きな機会損失となる。その損失額だけで、割安な海外製システムとの価格差を相殺し、実質的なコストはパワーエックス製と同等になるとみている。
さらに、蓄電システムの調達においては、サイバーセキュリティの重要性も高まっている。伊藤氏は、この流れが同社にとって国内外の両市場で追い風になると考えている。国内では、電力広域的運営推進機関が、蓄電池やPCSに対するサイバーセキュリティ認証「JC-STAR」を重視する方向で制度整備を推進。一方、海外市場について伊藤氏は、「完全な中国製システムの導入に慎重な地域もある。その中で、日本市場は極めて中立的な立ち位置にいると見られている」と説明した。
同社は現在、東南アジアや東欧を中心に複数市場で事業展開を検討しており、具体的な案件協議も進行しているという。なお、インタビュー取材後には、モンテネグロの国営電力会社Elektroprivreda Crne Goreと、蓄電システム供給に関する覚書を締結。今後3年間で約500MWhの蓄電容量の供給を目指している。

(画像:貫名慶史/エネハブ)
市場動向と事業性への見解
パワーエックスの分析では、現在、蓄電池案件の収益源の中心となっている需給調整市場は、一時的に落ち着く局面を挟みつつも、中長期的には再び需要が強まるとみている。背景にあるのは、石炭火力や石油火力の段階的な廃止だ。伊藤氏は、今後について二つのシナリオを想定する。
一つは、電力需要が急増し、廃止予定だった火力発電所の廃止時期の延期が続くケースだ。この場合、アービトラージに加え、一次調整力への需要も高まるという。 もう一つは、需要増加が想定より緩やかに進み、非効率火力や老朽火力が計画通り退出していくケースだ。この場合でも、火力電源の減少によって系統全体の調整力不足が進むため、蓄電池への需要は拡大するとみている。
伊藤氏は、「いずれのシナリオでも、2027年以降は一次調整力の需要と価格は安定し、緩やかに上昇していくだろう」との見方を示した。
また、日本卸電力市場(JEPX)では、国内最大の発電事業者であるJERAと子会社間のPPA満了が市場構造に変化をもたらしている点にも言及した。直近の東京・中部エリアのスポット市場価格は、夜間価格の上昇や時間帯間の値差が拡大している傾向にあり、アービトラージの機会も従来想定より拡大しているとみている。JERAのブロック入札により、正規分布の平均価格を入札していることに起因すると分析している。「東京エリアに至っては、蓄電池事業者にとって需給調整市場よりもJEPXの方が、収益性が高くなる可能性もある」と語った。
さらに需給調整市場の制度変更による収益性に対する懸念も出ているが、伊藤氏は依然として市場に強気の姿勢である。系統用蓄電池は、補助金事業や大手電力会社全体の収益を支えているため、衰退していることは考えにくいとみている。中東情勢の緊迫化と老朽化した発電設備の廃止がアービトラージの機会を十分に押し上げ、「需給調整市場のわずかなルール変更」が蓄電池事業のIRRに影響を与えることはないと予想している。
蓄電池価格の低下により、仮に一次調整力のΔkW上限価格が7円台/ΔkW・30分まで引き下げられたとしても、依然として十分に高いIRR(投資収益率)を確保できると説明する。さらに、4円/ΔkW・30分まで低下した場合でも、なお収益性はプラスを維持できるとの見方を示した。
また、伊藤氏は、4円/ΔkWは需給調整市場の下限に近い水準ではないかとの認識も示す。揚水発電と同程度の価格帯であり、一定の合理性があるという考えだ。ただし、実際にそこまで価格が下がる可能性は低いとみている。
リスク許容度については、小規模事業者ほど市場収益に全面的に依存する「フルマーチャント型」を選択する傾向があると説明した。一方で、大規模案件では、収益の7割程度を固定収入のトーリングで確保し、3割を市場収益で運営するスキームを求める事業者が多いという。
さらに伊藤氏は、マーチャント型案件、トーリング型案件の双方で資金調達環境が改善している点を、市場の大きな変化として挙げた。昨年まで銀行はマーチャント型の蓄電池案件への融資に慎重な姿勢を示していたが、今年に入り実際に融資がつく事例が増え始めているという。
セルより重要となる制御
今後の国内蓄電池産業が、かつての太陽光パネル市場のように中国勢との価格競争に巻き込まれる可能性については、蓄電システムを「セル」とそれを制御する「ソフトウェア」に分けて考えるべきだと伊藤氏は語った。セルそのものはすでにコモディティ化しており、国内市場規模では中国製との価格競争は難しいとの見方だ。国内製品に可能性があるとすれば、ナトリウムイオン電池や全固体電池などの新技術だという。また、国内でのセル製造については、EVの普及が進み、年間20GWh規模まで蓄電池需要が拡大すれば、事業として成立する可能性があるとの見方を示した。
伊藤氏は、セルの製造元が注目される背景には、海外からセルの調達が難しくなるリスクへの懸念があると説明する。もっとも、その状況は日中関係に前例のない大規模な混乱が生じるケースを意味しており、その場合はセルだけでなく、他の重要部品の調達も困難になるとの見方を示した。また、「そのような事態が発生する可能性は、我々が蓄電池を制御できなくなる可能性よりも低いと考えている」と付け加えた。
さらに、蓄電池は導入時に投資が集中し、設置後は継続的な調達に依存せず稼働し続ける「初期段階に重点を置いたインフラ」であることから、 日本国内で蓄電池の導入を迅速に進めることで、将来的な供給途絶リスクの低減につながるとも述べた。
一方で、最も重要なのは、制御とサイバーセキュリティだと強調する。蓄電池は基本的にソフトウェアで動作するインフラであり、火力発電所や原子力発電所のように物理的に装置を操作することもない。そのため、制御ソフトやセキュリティ対策こそが競争力の本質になるという。メーカーによる継続的なソフトウェアの更新の有無や、国際的なセキュリティ基準に準拠しているかなどが、今後ますます重要になるとみている。

(画像:貫名慶史/エネハブ)
データセンターは電力系統の資産になり得る
蓄電池の新たな活用先として、伊藤氏が特に期待を寄せるのがデータセンターだ。現在、データセンターは大量に電力を消費する存在として「電力系統の足かせ」と捉えられることが多い。しかし、本来は調整力として活用できる「電力系統の資産」になり得るという。
背景には、データセンターが大規模な系統接続を確保している一方、実際には稼働率が低い時間帯も多いことがある。DR(ディマンドリスポンス)の一種であるネガワット取引を通じて需要を抑制し、その抑制量に応じた対価を得ることで、複数の収益源を創出できる可能性がある。つまり、データセンターを需給調整リソースとして活用できるという考えだ。
もっとも、この仕組みは電力業界では一定の理解が得られる反面、データセンター事業者にとっては馴染みが薄い。そのため、両者の認識のギャップを埋めることができれば、大きな価値につながると語った。
また、火力発電所への蓄電池併設にも可能性があるとの見解を示した。近年は出力制御の増加により、火力タービンの停止や再起動が頻繁に起きており、設備負荷が高まっている。蓄電池を併設することで余剰電力を吸収し、起動停止回数を減らせる可能性があるという。
パワーエックスは現在、これら両分野での活用可能性を検討している。ただし、実用化に向けては実証や認証取得、実運用を重ねながら段階的に展開していく必要があるとの見通しを示した。
インタビューの終わりに、伊藤氏は現在の挑戦について「長い道のりだが、一歩一歩進めていく必要がある」と表現した。
蓄電池市場への参入から5年。パワーエックスは、「エネルギーが支える豊かな社会」の実現を掲げ、事業を拡大してきた。今後も蓄電池市場を牽引する存在として、その動向が注目される。